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信 徒 の 証

天国への希望
森本 国則
 「あなたは、わかいときは、自分で帯を締めて行きたいところへ行っていた。しかし年をとると、両手を伸ばして、他の人に帯を締められ、行きたくないところへ連れて行かれる。」
(ヨハネによる福音書21章18節)
 私の家の裏庭に出ると、一番寒いこの時期に蝋梅(ろうばい)の花がきれいに咲き、淡い匂いを漂わせてくれる。
 幹はあまり太くはなっていないが、30年以上も経つと何か知れない風格が感じられ毎日が楽しい。一年一年の成長は目につかないが長い月日が経った木を改めてみる時、その成長に驚くのである。
 先の聖句は何回も読み(理解は違っているが)、読む度に私の晩年を考えたものである。今、80歳を越え改めて自分を見つめてみる時、体力が年々衰えていくのには驚く。このまま歳を重ねていくならば、自分で帯を締められない日が来るのではないかとの思いがおきる時がある。
 小さな苗の蝋梅が年を重ねて大きくなっているように、私は若い時にイエス様による救いに導かれ、教会でお世話になっている。大勢の先生方の著書に学び、この歳になって思います事は、自分自身で解決できない罪の深さを感じる。その大きな罪をイエス様に委ねる時、イエス様は全ての罪を赦して下さって天国へ導いて下さる。
 歳をとってゆくことに不安が起きる時もよくありますが、それにまして晩年起きるいろいろな問題はすべて天国へ入るための準備である。目には見えないけれどイエス様はいつも私たちと共に歩んでくださっていると教えられ、この言葉を信じる時、大きな平安を与えられる。
 私の人生を振り返る時、いろいろな悲しみや様々な苦しみがあったが、よくよく考えて見ます時、私には分からなかったけれどすべての時に神様のお守りがあった事を覚えて感謝せずにはおられない。
 人生には悲しみ苦しみは必然と言えるかもしれませんが、聖書には私たちの国籍は天国にあると書かれている。
 これから私にどのような試練があるか分からないが、天国への希望を持って感謝して歩めることを祈って行きたい。
 私は希望を持てない方がおられならば、教会に来られ、天国への希望を持って頂く事を祈り願います。


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